野良猫ペロのその後
今年も8月になってしまいました。燕たちの季節もひと段落。セミやカナブンが飛び回る季節です。忙しくしていると月日の巡る
のがなんと早いことでしょう。一年なんてあっという間に過ぎてしまいます。
あれからもうすぐ一年。もう一年経つなんて。あの時の君が大事な家族になるとは、当時は思いもしませんでしたよ。
それはある方が連れてきた野良猫。足に大怪我をし、肉や筋をむき出しにして連れてこられた
痩せっぽちの野良猫。栄養状態が極端に悪く、ノミだらけ、シラミだらけ、それに…臭いが…いかにも行き倒れといった風情の
子でした。よほど辛かったのでしょう、保護された時、この子は自分から助けを求めるように近寄ってきたのだそうです。
さて、ご覧の有様。足を治してあげるにはどう考えても長期入院が必要。あまりに汚い子で可哀そうだけど病院の中に置くことが
憚られるということで、しかたなくケージに入れて屋外に置いたのです。さぁ、預かったはいいがどうしたものか……
これがペロとの出会いでした。
(いったい何があったというのでしょう、ペロの右足はボロボロ。とにかくきれいにしてあげなければいけませんが
野良猫のペロが激痛走る足を触らせるはずがありません。治療は難航しました。幸か不幸か、当時ペロは体力も弱って
思うように動けない有様だったためなんとか無理にでも洗ってやることができました。これを毎日のようにやるのです。
ペロはとても嫌がります。)
どうしよう、人に全く慣れていない野良猫の困難極める治療。
治せるのかしら?仮に治ったとして、その後こんなに弱った猫、どうするんだ?
問題山積み……
足の治療はうまくいかないことの連続でした。しかし、時間をかけてじっくりと腰を据えればどうにかなるものです。時間というものは不思議なものですね。猫の回復力というのはすごいもので、あれほどズタズタだった足も11月ごろにはどうにか皮膚が出来上がりうっすら毛が生えてくるまでに治癒したのです。この間約二ヶ月。まさかこれほど早くにここまで治るとは予想外でした。
二か月前に 「足を怪我しているんです!」 と搬送されてきたペロでしたので、足の怪我がすっかり良くなればこの時点で動物病院としての仕事は本来おしまいだったのです。
でも……長くペロの治療に携わる中で、ペロは他にも大きな問題をいくつも抱えていることがわかってきました。ペロは大怪我以外に猫エイズという大変重い病気を抱えている子だったのです。どうりで嫌に痩せているわけです。それに重度の歯肉炎も発症していました。これはエイズの子に特徴的な症状です。幸いそれでもご飯はなんとか食べられていましたが、そのうちに痛みから食事を採ることすらできなくなってしまうことが予想されます。
エイズの子は免疫力が極端に低下するためストレスに弱く、ちょっとした怪我や病気がそのまま重症化し、死への転機をたどることも多い恐ろしい病気です。
二ヶ月にわたる入院の中で、ペロは足以外に体力も回復していきました。
そして、長い付き合いの中でペロは僕たちに心を許すようになっていたのです。
(少しづつ甘えるようになった頃のペロ)
撫でてあげると自らお顔を掌にグイっと押し付けて甘えるようになったペロ。助けてもらったことが分かっているようです。
こんな表情を見てしまえばこちらだってついついペロがかわいく思えてきます。でも、ペロはあくまでも患者さん。野良は
飼ってくださる人がいなければ治り次第元いた所へ戻してあげるのが原則です。
「いや、そこは里親探しをするべきでしょう!」
ごもっともな正論です。もちろん可能な範囲では里親探しもしようとは思うのです。でも、うちはあくまでも病院。
いつ現れるかわからない里親さんを待ちながら無期限に猫を保護、飼育できる施設ではないのです。里親探しは期限を区切って、
それ以降は「元の生活の場に返さなければ…」甘えるペロを相手しながら心を鬼にしようとするのです。
それでもやはり、日に日に木々が赤く色づき、葉を落としていく季節にペロを保護した坂へ戻したら、「そのあとどうなるのだろう、」 それを考えると…
実際里親探しは難航しました。猫エイズに感染しているという事実が事を難しくしていました。
猫エイズ。致死率の高い不治の病。
ときおり里親の問い合わせはあったものの縁談がなかなかうまくまとまりません。
「飼ってあげたいがうちの先住猫にエイズがうつってしまうと可哀そうで…」
不安に思うのも無理もないことです。そうした不安を感じた方にペロを押し付けるわけにはいきません。
ご縁に恵まれないまま、いたずらに月日が流れていきます。
ペロの行き場が決まらないまま冬は深まっていきました。ペロが住んでいた坂の木々はすっかり葉を落とし、斜面に枯葉が降り積もっています。この枯れ木の山のどこにペロの居場所があるというのか。野良猫ペロはどんな暮らしをしていたのだろうか。河辺下へ続く斜面をぼんやり見つめながら、ただ無為に思いを巡らすばかりです。何一つ進展しないままとうとう年が明けたのでした。
前の年の9月に保護されたペロ。はじめのうちは保護された方からお預かりした患者さんだったのです。ところがやむを得ず長期入院になる中でペロは僕たちに懐くようになり、ペロ自身はまるで病院にいることで安心しきっているようなのです。「あぁ、一番恐れていた展開に…」
そうは言いながら 「もうなるようになれだ」そんな気分でもいたのです。
問題の多いペロです。今のまま里親になってもらえる人を探すことは難しい。どうもこのまま面倒を見ざるを得ない。それなら、この際ペロが抱えているいろいろな問題を治療してみようじゃないか、もうどうせ乗り掛かった舟なのです。
あくまで預かりものだったペロについて 「いろいろ治療してみたいが、お代はいらない代わりにこれより先のことはこちらに一任していただきたい」旨を保護主さんに伝えたのはいつのことだったろうか、はっきり記憶していません。
ペロを保護された方は入院中によくペロを心配されて見に来られていましたし、なんといっても行きずりの野良猫の治療費としては目が飛び出るほどの高額をすでにお支払いいただいていたのです。それでも、あれこれ治療すれば費用は更にかさむのです。これ以上保護主さんの負担を増やすのは難しい、かといってここまでやっておいてここで終わりにすればせっかく手にしたペロの幸せは水の泡ときえるのです。僕たちの仕事はいつもこのジレンマとの戦いです。かといっておまけばかりしていたら生活ができません。健康をお金で売り買いしているのです。随分と罪な仕事を生業にしてしまったと思うことがあります。
ペロはもうそんな金勘定から切り離して治療をしてやりたくなったのです。里親になってくれる人が現れればそれで良いし、このまま現れなければ…年を越すころには気持ちが固まってきていたのでした。
「♪行ったきりならしあわせになるがいい~ 戻る気になりゃいつでもおいでよ~♪」
ですよ、まったく(-_-;)
さて、気兼ねなくペロの健康増進計画を進めることができる状況が整いました。
なにから手をつけるか、歯肉炎でしょう。。ペロの歯肉炎は相当重症で、そもそもペロという名の由来にもなった舌が出っぱなしの風貌も歯肉炎の副産物なのです。かなり痛いはずです。しかも臭い口で毛づくろいをするものですからかえって全身臭く、前足もよだれでひどく汚れて、拭いても拭いてもきりがありません。ここまでひどいとなると、奥歯を全て抜いてしまうという少々思い切った治療が必要そうですが、体の状態、エイズという極端なストレスに弱い体であることを考えるとこれは少し不安を感じる治療です。うまくいけばより健康な状態にしてあげられると思うが……
年末からずぅっと迷っていた抜歯をついに決行したのは一月が終わろうとする頃でした。
麻酔をかける段になると「まさかとは思うが無事終わってくれよ」という思いで緊張が昂ります。
麻酔をかけてあらためて覗いてみたペロのお口の中。わかってはいましたがひどいものです。
これは奥歯にガッチリついていた歯石を除去した後に撮影した写真です。
奥歯の生え際が真っ赤になりえぐれたように凹んでいます。そしてその奥側は逆に膨れ上がり真っ赤なしこりができてしまっています。他にも真っ赤に傷んだ歯茎が目立つのでした。
一本一本歯根の靭帯を緩め、時にはあごの骨を削りながら丁寧に抜いて行きます。
時間がかかります。ペロの体はそれでもよく麻酔に耐え抜いてくれました。
やっと足の痛みから解放されたペロなのにまた痛い思いをさせることに胸がいたみますが、長い目で見ればこの方が絶対に良いはずなのです。少々時間はかかりましたが、それでも無事抜歯を終えることができたのです。
抜歯を終えたペロ。さすがに痛そうです。でも数日たつとヨダレや臭いが劇的に改善しました。
(抜歯前のペロ) (抜歯後のペロ)
こうして写真を並べてみますと抜歯前のペロはだいぶ回復しているとは言え、舌が出たままですし表情がどことなく固いです。
抜歯後は表情も和らいで、舌が出なくなりました。抜歯を済ませたペロは急にきれいな猫になりました。ヨダレの汚れと臭いが
無くなったことであれほど貧相だったペロがきれいで可愛らしくなってきたのです。
ただ、歯が犬歯だけになった影響でしょうか、この時からペロは下の犬歯で上唇をかみしめるユーモラスなお顔になってしまいました。これはこれでブサかわいいといいますか。
きれいになったペロ。もう触って手が臭くなるなんてことも無くなりました。当然本人だって気持ちが良いことでしょう。もう足も痛くない、口も痛くない。ペロに平和な時間が訪れました。そして、そろそろ春の匂いが河辺の町を彩り始めた頃、ペロは急に盛りが付いたようになったのです。
野良猫だもの、避妊手術なんてしてあるはずはないだろう、これまでぼんやりとは思っていた現実が急に避けられない事実となりました。避妊手術かぁ…また痛い思いをさせるのかぁ…やりたくないなぁ…でも里親を探すとなると避妊手術はしないとダメかぁ…。
また痛い思いをさせるのかぁ。
やりましたよ、避妊手術。可哀そうでした。術後の経過があまり思わしくなく、やっぱりエイズの体に避妊手術は負担が大きすぎた
かなとも後悔もしました。でも、通常より長くかかりましたが今回もペロはよく頑張ったのでした。やるべきことが一通り済みました。もう、ボロボロな野良猫ペロはいません。きれいな飼い猫ペロに生まれ変わったのです。ふっくらとした肉付き。
もうペロは立派な飼い猫です。どこに出したって恥ずかしくない女の子です。
(ボロボロだった後ろ足も見違えるように良くなりました。幸い毛もかなり生えそろっています)
(お口も炎症がすっかり落ち着きました) (もう野良猫じゃないもん♪)
これなら貰い手がつくかもしれない。いい人にもらわれたらどんなに幸せか。いつまでも病院でケージに閉じ込められたままのペロ。
幸い不満そうな様子も無く、むしろケージの中が一番安心といったふうに振る舞ってはいますが、これで本当に幸せと言えるだろうか?
僕たちは猫用のベッドやお布団を用意し、里親さんがついた暁には一緒に持って行ってもらうべく一式を箱に詰めて用意しました。
ペロの嫁入り道具みたいな気分です。
誰かいい人いないかな?
ところが、です。このしばらく後にどうしてもペロを里親に出すわけにはいかない事態がおこるのでした。
そのお話はまた今度。
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