しとしとと、秋の長雨が街を草木を濡らしています。季節外れの台風がこれからやってこようかという雨の日、久しぶりにこの病院通信を書き始めたのです。考えてみますと、これを書いているのは雨の日が多いように思います。だって、雨の日は暇なことが多いのですから。忙しいとなかなか手が付きませんね。
前回の病院通信は病院の飼い猫ペロの悲しい話でした。あれから一年以上も経ってしまいました。あまりに壮絶な話を書き上げたら、
すっかり力が抜けてしまい書くのが嫌になってしまったのかというとそういうわけでもなく、なんだかんだ忙しくしていただけなん
です。そうこうしているうちにペロの一周忌を迎え、ペロの坂にもそろそろどんぐりが落ちる季節にいつの間にかなっていたのです。
ペロはもともと野良猫だったのですが、とある人に大怪我をして弱っているのを保護されてうちの病院に来たのでした。様々な事情が
重なり結局病院で面倒を見ることになったのです。
一昨年前の9月にやってきて、昨年の9月に息を引き取ったペロ。
わずか一年という短い時間を駆け抜けていったペロ。
ペロがいなくなった病院は、またそれ以前と同じ、犬2頭、猫1匹の生活に戻ったのです。
まるで何事もなかったかのように元の生活に戻った犬や猫たち。
一見するとペロが来る以前と同じに見えても、なにかが違います。
もとよりいる先住猫のしろくろの様子が以前と違うのです。
しろくろは、猫としてはずっと一人っ子で暮らしていた子でした。気ままにのんびりと人に媚びることもなくマイペースで暮らしていたしろくろはペロがやってきた時も特段の興味も示さず、数か月の月日ののちにペロが院内に自由に暮らすようになってからも、気にして近づいてはさっと逃げてしまうことが多く、ペロのことを受け入れてはいるものの好きでも嫌いでもないという態度でつかず離れず過ごしていました。
そんなペロとしろくろが徐々に距離を縮め、ようやく一緒にたたずんだり隣り合わせのクッションで寝たり、やっとうちとけたように見えた矢先のペロの急逝。
ペロの亡骸を見てもしろくろは特にこれといった変わった様子もなく、僕は
「まぁ、付き合いが短かったからそんなものかな」と思っていたのです。
ペロがいなくなってからも、ペロの部屋を片付けることができない、ペロの薬の時間になると
「お!そろそろ薬を飲ませなければ!」などと習慣が抜けない、ペロがいなくなって何日経っただのと数えたり、なかなかペロのいない居心地の悪さから抜け出せずにいた僕ら。それでも日々の忙しさに紛れて徐々に元の日常を取り戻しつつあったある日、なにやら入院室の方から耳慣れないガサゴソという物音がします。おいおい、しろくろがまた何かいたずらを始めたなと思って見に行くと、今まで一度だって登ったことのない入院犬舎の上に積んである荷物の上にまでよじ登って、その上で寝始めたのです。そこはまさしくペロがよく登っていた場所。ペロは院内での自由を得てからというものの、いろいろなところを冒険し、しろくろは絶対に入り込まない所に入ったり、「そこで寝るの?!」というような所で寝たりする子だったのです。ペロが来る前も、ペロが来てからも、しろくろは一度も犬舎の上に登ったことはないのです。それがペロがいなくなったら、暇さえあればそこへ登って昼寝をするのです。
他にもこんなことが。
夜、仕事が終わり、待合室の明かりを落とし、静かになった受付で一人残った事務処理をしていると、ふわ……となにかがふくらはぎのあたりに触れました。見れば、しろくろが僕の足にぴたりと寄り添って立っているのです。
「どうした?しろくろ?」
するとしろくろは何かを言いたそうに「うぁぁぁ~」と鳴くのです。
そしてこっちへ来いというように僕を見ながら入院室へ向かいます。一緒に行くとしろくろは自分の部屋に入り、かまってほしそうにゴロンとおなかを出して寝転ぶのです。さすってやれば嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らします。 「やれやれ、仕事が片付かないよ、しろくろ」
いつからこんなに甘えん坊になったのか、いつの間にやら仕事が終わって診察の喧騒が静まり返ると甘えてくるのが日課になってしまったのです。最近では自分の部屋ではなく静まった待合室で撫でてもらうのが習慣になってしまいました。診察が終わる19時半になると待合室に出てくるのです。仮に診察が混み合って、時間通りに終わってなくてもちゃんとその時間になると出てくるのです。患者さんがいるのに。たいした腹時計です。
今にして思えば、しろくろは随分と遠慮しながら暮らしていたのかもしれません。
それが、ペロの自由奔放な振る舞いを見て「あ、いいんだ!」と思ったような節もあります。
そして、やはりペロがいなくなったのが寂しいのでしょう。こんなに甘える猫ではなかったのですから。
それと、これもペロがいなくなってから見られるようになったのですが、しろくろは眠っている最中に時々寝言を言うのです。昼休み中など、横で昼寝しているしろくろが時々なにやら
「うにゃうにゃ……」
と言っているのを見ることがあります。あ、ほら、今も「ふうぅぅぅ~ん…」って。
「何の夢をみているの?しろくろ…ペロのことを思い出すのでしょうか?」
どうなの? しろくろ。
さて、では柴犬のぽんたと楓は、と言いますとこちらはペロが来る以前も、いなくなった後もこれといった変化はないようです。ただ、ペロとは直接関係はないのですが、楓は昨年の秋に避妊手術をしました。楓は五歳になるまで避妊手術をせずに生きてきたのです。
避妊手術をせずに普通の女の子として生きてきた楓は、女の子ならではの性質がはっきりと表出しやすい子でした。時に気まぐれに食餌を取らなくなる、痩せていく、そうかと思うとある時からちゃんと食べるようになる。その為、楓は柴としてはかなり華奢な体だったのです。
また、生理が来ると決まって母乳が出るようになります。妊娠もしていないのにかなり豊富に分泌するのです。また、そうなってくるとお気に入りのクレートに閉じこもり、ぽんたが前を通っただけで唸り声をあげ、牙をむき出しにして威嚇するのです。楓の変化がポンタには理解できません。ぽんたまでしょんぼりとして別の場所に入り込んでいじけているのです。
「母は強し」
これは生理学的にきちんと説明がつく科学的な現象なのかもしれません。
それでも女の子とはそうしたものだと受け入れそのままに一緒に暮らしてきたのです。
が、それがどうしてもそのままで良しとはできないことがあったのです。
それは、寝そべっている楓を何気なく撫でていた時の事。楓のおなかに何かが触れたのです。
「あ!…… 」
この仕事をしてるものですから、見ずとも触感だけで嫌な感じがしました。
見ればやはり、何か小さなしこりが。おっぱいの脇です。
この場所にできていれば、良かれ悪しかれなにかしら乳腺組織由来の病変であることは明らか。
以前から楓はどうも女性ホルモンの影響が強い子だとは感じていました。女性ホルモンは乳腺組織の発達を促し、仔を育てるに適した
体を形成しますが、その反面乳腺の発達を促すが故に乳腺組織の過形成を招き、更には乳腺腫瘍へと発展させてしまうことがよくあり
ます。
「早いうちに手を打たねば」
捨ておくことはできない問題でした。まだほんの数ミリのしこりが一つあるだけでしたが、これまでの楓のさまざまな女の子ならではの事柄を併せて考えるに軽く考えるべきではないと判断したのです。
今になってカルテを見返すと、楓の問題が発覚したのはペロがその病魔に勝てずついに僕らの腕の中で息を引き取った頃のことなのです。
ペロのお弔いがひと段落した後に楓の手術は行われました。
楓の腫瘤の摘出および避妊手術は無事終わりました。
特に問題なく済んだ手術ではありますが、楓はもちろんしばらく痛みに耐える生活を強いられるわけです。僕はしばらくの間病院に泊まり込みで看病です。
つい先ごろまでペロの看病のためにこうして泊まり込みが続いていたものですから、同じシチュエーションの中で嫌でもペロを思い出します。思い出すというよりペロの気配を感じるのです。
別に何が見えるわけでもなければ、聞こえるわけでもない、ただそこにじぃっとペロがいる気配みたいなものを感じるのです。気のせいでしょう。そんな気がしてしょうがないのです。
「ペロ」
試しに読んでみます。返事はもちろんありません。
「いないか…」
そしてふと我に返り、楓のために泊まっているのだということを思い出すのです。
楓は傷を気にしている様子が目立ちましたが幸い問題なく回復していき、泊まり込みの看病も数日で済みました。摘出した腫瘤は検査に出しましたが幸いに良性病変で、それほど厄介なものではなかったのです。こうして昨年の秋は慌ただしく過ぎ、やがてまた寒い冬になったのでした。
月日の流れは速く、慌ただしく暮らしていればそれは尚更のこと。目の前のことを精一杯こなしていたら、もうペロとの別れからも
一年が経ち、楓の手術のことも過去のことになりつつあります。その後、楓のおなかに再び異変が起こることもありません。
避妊手術の影響ですこしふっくらと肉付きの良くなった楓は気分の浮き沈みもなくなり、健康的で穏やかな毎日を暮らしています。
日々が無事であることの幸せを、犬や猫たちを通して実感します。
今日は雨降り。
ここ数日はずっと雨で、犬たちも遊べずに退屈しきっています。雨が降ってはいますが、少しだけ山で遊ばせてやることにしました。
いつもはちろちろと穏やかな沢が今日はとうとうと激しい姿を見せています。急流を嫌ったのかサワガニが陸に上がっているのを楓が
みつけました。用心深く鼻先でつついたり、また離れたり。カニは襲われてはかなわんと、逃げてゆきます。その様子に気が付いた
ぽんたくんがむこうからヘラヘラ笑って走ってきました、と、やおら無遠慮にサワガニに鼻先を近づけたのでした。おしまい。
サワガニ:エビ目カニ下目サワガニ科に分類される日本固有種。名前の通り水がきれいな沢、小川に生息し水質階級Ⅰ(綺麗な水)の指標生物にもなっている。甲幅20-30mm、脚を含めた幅は50-70mmほど。オスは右のハサミが左より大きくなるが、時に左の方が大きな個体も見られる。日中は石の下などに隠れ、夜に動き出すが、雨の日は日中でも川から離れて出歩き、川近くの森林や路上にいることもある。 |
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