動物病院通信 その三十三 平成31年1月25日
さて、徒然なるままにしたためるからと、気が向いた時だけ書けばいいやなどと思っていたら一年以上全く書かずに日が経ってしまいました。忙しい日々の中にもいろいろな出来事がありました。以前に書いた野良猫ペロも僕たちの前から姿を消してもうだいぶたちます。
いつの間にやら平成の時代もそろそろ終わりを告げるのだそうで、昭和が終わって平成になり、20世紀が終わって21世紀になり、今度は平成も終わるのです。昨今の時流を見ると、そろそろ平成生まれの世代が社会の中心になりつつあるのを感じます。そして僕はといえばそんな社会とは少し距離を置いて自分の仕事だけを見つめ、人との付き合いよりも犬達、猫達と一緒にいる時間の方がはるかに長い生活をしているのです。時の流れを見ようとせずに。
寅吉くんこんにちは、というお話
かつてうちの病院にみすぼらしい野良猫が大怪我をして運ばれてきて、それ以来ペロという名前をもらい、うちで過ごすようになり、わずか一年後持病の悪化で呼吸困難の末に壮絶な死を遂げた…そしてその時この子はいつかまたここへ戻ってくるんじゃないかそんな気がしてならなかった、そんなことがありました。ペロが亡くなってもう2年以上が経ちました。生まれ変わったら、またここへ戻ってくるんだぞ、別れ際にそう伝えたものの、その後ペロの生まれ変わりがやってくる気配は全くありません。そりゃぁそうだよな、ちょっとロマンチックすぎる話ですよ。
♪さよならは別れの言葉じゃなくて、ふたたび会うまでの遠い約束……
そんな歌がありますが、実際はねぇ…、一度別れちゃったら会うわけないじゃんねぇ、それが現実。
忙しくしているとあんなに悲しかった記憶もぼんやりと薄まってしまうものです。ただただ日々の業務に忙殺されていたある秋の日、その子はやってきました。野良猫を去勢手術してほしいという要望で捕獲器にとらわれ、やってきた仔猫。それはまだ小さく、残念ながら去勢をするには少し早すぎたようです。麻酔をかけて精巣を確認すると、精巣がまだ触れるか、触れないかというくらいに小さかったのです。
「これはまだ早すぎたなぁ」
もう少し成長してからにしたいところでしたが、話はそう簡単ではなかったのです。
野良猫は決して悪い存在ではないと思うのですが、一度住みやすいところが見つかると無尽蔵に増えてしまうことがあり、最悪の場合捕獲、処分という憂き目に会うことがあります。最近は動物愛護の機運が高まり、さすがに処分されることはかなり減ったと思いますが、野良猫がご近所トラブルの種になりかねないことに変わりはありません。そうしたことを懸念して捕獲して不妊手術を施した後に野にもどし、地域猫として暮らさせてあげるという取り組みがあります。こうするとキリなく増えることを防げます。ところが捕獲器にどの猫が入るかは全くの偶然に頼ることになります。本当はこの仔猫の母猫を不妊手術したいところだったのでしょうが、仔猫のほうが捕まってしまったというわけです。
幼すぎたというならいったん放してまたしばらくしたら捕まえればいいのでは?と思われるかもしれませんが、そうもいかないのです。一度捕獲器でつかまったりするとすっかり懲りてしまって二度と捕獲器に近寄ろうとしないということが珍しくありません。捕まえたら必ず手術、これが鉄則。今までにもかなり小さい子の手術をやってきました。ところが、この子の時だけはどうしても手術をする気になれません。あまりにもタマタマが小さい、というかほとんど触れない。
麻酔がかかった状態で依頼主と電話でお話をしても、依頼主としてはやってもらわないと困る、それはこちらもよくわかっているだけに
「さぁ、どうしたものか」
話が暗礁に乗り上げてしまったのです。とはいえいつまでも麻酔をかけっぱなしにもできません。できないものはできないという乱暴な結論の元、手術は中止になったのです。
「どうしたものか、元いたところに戻すしかないんだけど、この子を放せば結局また仔猫が増えることになっていくぞ、しかたがないとはいえなんとかならないものか……」
麻酔から覚めた仔猫は怯えた目で僕を睨みつけています。
どだい相手が野良猫なんだから何から何まで人の思ったようになるわけじゃなし、俺は知らんぞ。いやいやそうは言っても、増えて近隣から煙たがられたときに結局可哀そうな目にあうのはこの子達自身。むぅ………
手術が終わると、その日は往診の予定も入っていたので急ぎ奥多摩へ車を走らせます。山の連なりを車窓から眺め、麓の集落に住み着く野良猫たちに思いをはせる、これから冬を迎えようとする木々はすでに赤く色づき、もういくらかすれば葉を落とし、そして本格的な冬を迎えることでしょう。野良猫たちにとっても厳しい季節。この時期はいつも野良猫、そして山の生き物たちの事が気になるのです。気にしたって僕には何もできないのですが。
これからあの幼い仔猫は厳しい冬を潜り抜けてゆくんだな。さっき僕を睨みつけたあの目が思い出されます。見たところ健康体だから冬は無事に越すだろう、でも……
「ペロの時と同じだ……」
三年前のこの時期、やはり同じことを思い悩んだのを嫌でも思い出します。
氷川からの帰り道、御岳のあたりを過ぎるころ、なんとはなしに
「うちに置いてやろうか」
そんな考えが沸き上がったのです。
ペロの生まれ変わりみたいな気がした、と言えばドラマチックですが実はそんなことは全然なく、ただなんともおさまりの悪い事態を収拾するにはそれが一番いいように思ったのです。
病院に帰ると改めて仔猫をのぞき込みます。
「おまえ、うちの子になるか?」
仔猫は怒ったように睨みつけるばかりです。うちで飼うのがこの子にとって良いことなのか、さっぱりわかりません。でも氷川へ行って、帰ってきたら、もううちで飼うということで気持ちは決まってしまったのです。
その日のうちに依頼主にその旨を伝えると一も二も無く話はまとまり、その日からこの子はうちの猫になったのです。
当然、本人は納得のいかないような顔をしています。
そうと決まればいつまでも狭い捕獲器に閉じ込めても置けません。
可哀そうですが翌日にはもう一度麻酔をかけ、最低限の検査を済ませ、もう少し広いゲージに移してやり、いよいよ飼い猫としての生活が始まったのです。
さて、これまでにも多くの猫を面倒見ていますが、どうも一匹として同じ性格の子はいないようで、この子も今までうちにいた子達とはまた違ったタイプの子のようです。だいたい飼い猫になった経緯もこれまでの子達とは違います。今までの子達はみんな怪我、病気、行き倒れなどで自力で野良生活を生き延びることは難しそうな子達で、僕たちが面倒を見てあげるうちに成り行きで家族になったものばかりでした。
ところがこの子はもともとなに不自由なく暮らしていたところを捕まって来たのです。人に飼われることを望んできたわけではないのであって、早くもといたところに戻してほしがっているはずです。それをうちの子にしようというのだからこれは責任重大です。絶対に「この人に飼われてよかった」と思わせなければなりません。
これが新たに病院に加わった新しいメンバー、寅吉君の来歴です。
望まずに始まった飼い猫としての生活は、はじめのうちスムーズにはいかないのであります。
が、その話はまた次回に。
次回 「破壊王にオレはなる!!」 の巻。お楽しみに!
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