さて、暑さも落ち着き最近では雨が降る度に秋が深まっていくようです。
昨年のちょうど今頃ある方に保護されて当院に汚れた野良猫が当院にやってきました。名前はペロ。
足をズタズタに引き裂かれて弱っているのを病院に連れてこられたのでした。
前回の病院通信でこの子のお話を書いたのですが、今回はその続きのお話です。
ペロの病気
ペロが保護されてからきれいな女の子に生まれ変わるまで、気が付けば4ヶ月の月日が経っていました。
4ヶ月という時間はペロを健康的にしただけではありませんでした。
来る日も来る日もおしっこ、うんちを片付けて、ご飯をあげて、同じことの繰り返し。ペロはケージの中にちょこんとお行儀よく
座ってばかり。毎日が単調に過ぎながら2か月も経った頃でしょうか。ある日、いつものようにお掃除のためケージの扉を開ける
とそそくさと出てきたペロはそのまま僕のお腹におでこをギュウ!っと押し当ててきたのです!「あ!ペロが甘えるようになった!」
いつしかペロは僕たちに心を開いていたのです。自分から積極的に好意を示してきたのです。
もう抱き上げても逃げることもありません。
もう少し自由にさせてあげたいな、僕たちにもそんな気持ちが生まれてきました。掃除の時に台から飛び降りるペロをあえて放って
おいてやる、ケージの上にピョンと飛び乗っても好きにさせてやる。普段はケージの中でも、時間があれば少しづつ出してあげる、
だんだんペロの自由が増えていくのでした。
(徐々に慣れてきたとはいえ、今見るとこの頃はまだ目つきが野良です)
だんだんきれいになり、徐々に懐くペロを微笑ましく思いながら見守る日々です。一方で里親が見つからず先のことを少し不安に感じながらもペロにとっては平和な日々が過ぎていったある日のことです。
ペロは少し軟らかいうんちをしました。数日前からうんちが軟らかめだなぁとは気づいていたのです。それでも元気、食欲ともに申し分なかったため細かく観察もせず三日程が経った頃、ペロの様子がいつもと違うことにようやく気付いたのです。その日、ペロは朝のご飯をあまり食べなかったのです。いつも同じものばかりあげたから飽きてしまったのでしょうか?どうもそうではないようです。明らかに元気もありません。
ここで僕はようやくペロの身体検査をしたのです。
そして愕然としました。ペロの口の中は血の気が全くないといっていいほど真っ白だったのです。
貧血!慣れてきたとはいえ野良だったペロの事を必要以上に触ることなく世話をしてきたのがいけなかったのです。気づくのが遅すぎました。
すぐに血液検査です。
結果はひどいものでした。
貧血の程度を示す数字は、もはや生きていくことが難しいほどのレベルにまで下がっていたのです。懐いてきたとはいえなんでも許してくれているわけではないペロです。採血はとても嫌がり暴れようとしました。それでも力が入らないようなのです。採血を終えたペロは明らかに呼吸が乱れています。貧血の症状です。
貧血とは何らかの理由で血液中の赤血球という細胞が減ってしまった状態をいいます。赤血球は息をして吸い込んだ空気から酸素をつかみ取ると全身へくまなく送り込む運び屋です。これが減ってしまうということは酸素が全身へ送れなくなってしまうということです。いくら一生懸命息を吸っても体に酸素がとりこまれないため苦しくなります。まるで酸素ボンベもなしにエベレストのような空気の薄い高山に置かれるようなものです。
あきらかに呼吸が異常です。絶対安静です。採血は仕方がなかったとしてもこれ以上はたとえ検査や治療のためでもストレスは命取りになりかねません。しかし、です。このまま何もしなければ貧血が治るはずもないし。治療をしなければこのまま悪くなるのを待つだけなのです。
あわててペロをケージの中に収めて安静にさせました。ペロは静かにしていても呼吸が早めです。
「頼む、このままおちついてくれ…」
ペロが心配なのと早くに気付いてあげられなかった自分への怒りで、まったく穏やかでいられません。
一刻も早く何か手を打たなければ。ストレスを絶対的に避けなければならないことを百も承知で、しかし注射をすることにしたのです。時間が経ち、呼吸が少し穏やかになるまで待ち、穏やかになってから更に時が過ぎるのを待ってからの注射です。
静かにしていても依然苦しそうな呼吸のままです。これ以上落ち着く気配がありません。
「仕方ない、やるしかないのか」
おそらくペロは注射一つでも力強く抵抗することでしょう。そしてその興奮がさらなる呼吸困難を呼び寄せてしまうはずです。
「できるだけ穏やかに…ある程度猫の扱いには自信があるつもりだが、無理なこともある…
えい!南無三!!」
思った通りです………
野良猫だもん、 注射され、大慌てで台から飛び降りてしまったペロ。可哀そうに。
着地したところから動けません。犬のように口を開け舌を出しひどく苦しみ始めました。
わかってた、わかっていてもやらざるを得ない、ごめんね本当に。
ここからは対処を間違えればペロの息が止まってしまう可能性が十分にあります。
至急酸素吸入が必要です。ところがうちには酸素室というものが無いのです。仕方がなく手術の時に使う機械から酸素だけを出してマスクで嗅がせようとしますが、通常このやりかたはうまくいかないものです。はたして…ここまで苦しくなってもペロはマスクを嫌がり抵抗します。やはりうまくいかないか…
「酸素室か……しょうがない、無ければ作るか」
もう考えてる暇もありません。大きなゴミ袋を持ってくると適当な大きさに切って貼ってケージにかぶせてみすぼらしい酸素テントのできあがり!え!これでできあがり?こんなので大丈夫?そんな文句言ってる暇もありません、目の前でペロが目をみひらいて大きく口をあけて必死に空気を吸い込もうとしているのです。
とにかくこの簡易酸素テントにペロを入れると大急ぎで麻酔器から酸素を流し込みます。
ビニールの向こうで必死にあえぐペロ。
「頼む、死ぬな、この場をなんとか持ちこたえるんだ。」
この場を持ちこたえたからといって、さっき注射をうったからといって、これだけの貧血が急に改善するなんてことはまずないこともこれまでの経験でうすうすわかってはいたのです。
もっと言ってしまえば恐らく今日明日中にペロがいなくなってしまうだろうことも、うすうす…。
でも、ここまでやると、もう僕にできることはなにもありません。ただ、ペロが持ちこたえることを祈るだけなのです。
「ペロ…もしかしてダメなのかなぁ」
「きっと大丈夫だよ!」と言いたいのですが、状況はかなり深刻でした。ここまでの貧血が仮に改善するとしてもそれまでにかなりの時間がかかります。今、限界に近い呼吸をしているペロがそんなに長い間持ちこたえられるか、まったく確信が持てません。やるべきことを終えた僕たちは一服しながら、このままこと切れてしまうかもしれないペロの事を思い、つい泣けてしまったのです。
ペロがもはやただの患者ではなくなっていたことに気付いた瞬間でした。そろそろ春が訪れようとしていた3月の事でした。
この夜、僕はペロの横について病院に泊まり込んだのです。夜中も酸素テントの中のペロは伏せたまま早めの呼吸を続け、時折床をガシャガシャとひっかくとおしっこをするのです。おしっこをしただけで息が切れてしまうペロ。そしてシーツを変えようとテントを開けると酸素濃度が急に下がるせいで更に呼吸が苦しくなってしまうのです。おしっこの匂いがこもって嫌だろうに、タイミングを計らないと掃除もできないのです。
苦しくなってからのペロは何度もお水を飲みました。でも、意識が朦朧としているのかお皿の上で舌が空回りしていて一つもお水が飲めていないのです。気づいているのかいないのか、ペロは何分もただ無闇にぺろぺろし続けるのです。痛々しくてなりません。
(酸素テントで頑張るペロ。何かしてあげたくてもそれがストレスになるという皮肉)
テントに入れてから口を開けての呼吸は無いものの、依然苦しい状態が続き、特に回復の兆しもないまま夜が明けようとしています。
「ペロ、お水が欲しいのか?」でもテントを開けて口元に持っていくことすら許されないのです。開ければ致命的な呼吸困難がペロを
襲います。夜通し横についていても、実際には何もしてあげられないまま、いつしか窓の外が少し白んできました。
ずっとついていてやりたいが朝になれば仕事をせねば…眠れず疲れた体を起こそうと外に出ると煙草を吸います。
朝ぼらけの空に今年初めての燕が一羽だけで飛んでいました。
朝がきて、夜になって、また朝が来てもペロは変わりなく苦しいままです。
でも、もっと早くにダメになってしまうかもと思っていたのにペロはよく頑張っているのです。
その間にも危険を承知で注射をしたり、掃除をしたり、そのせいでひどく苦しくなって、もう可哀そうだから終わりにしてやろうか、
などとも考えたりしながら、僕たちは
「もしこれでダメになっても、あのボロボロのままの野垂れ死によりはうちに来て良かったんだよな」などと話し合いました。
三日も経つとちらほらとしかいなかった燕が例年のように河辺駅上空を埋め尽くすように飛び回り始めました。
この日、相変わらず苦しそうなペロが三日ぶりにご飯を食べたのです。さすがにおなかがすいたのか?それとも少しいいのか?酸素テントから出すことのできないペロなので身体検査もままならず、状況が分からないまま、ただ良くなってたら良いなぁと祈るだけです。
その晩、やはりペロはご飯を食べたのです。呼吸は苦しそうなままですが食べてくれるのは嬉しいことでした。
でも、残念ながら食欲以外は大した改善も無いままその日も夜になり、今夜も僕はペロの隣で泊まりです。いく晩も見続けたペロの苦しそうな姿、ちゃんと眠れているのだろうか…おしっこをしては息を切らす様、今夜も同じことの繰り返しです。ペロ、辛かったらもう良いんだぞ…僕も連夜の泊まり込みで疲労が重なり、横にいても深い眠りについてしまいなんの役にも立たなそうです。でも、そばについていなければ。なんて考えているうちに、ぐっすりと眠ってしまったのです。
その晩、僕は夜中に目を覚ますことなく明け方まで眠ってしまいました。
目を覚ました時はもう朝の5時頃だったように記憶しています。ペロがしきりに床をカシャカシャしている音を僕は夢の中での物音と
勘違いして眠っていました。「あれ?ペロがひっかいてる音だ!」気が付くまでに随分時間がかかったのではないでしょうか?
それくらい長い間僕は夢の中でその音を聞いていたような気がしました。
ペロがおしっこで汚れたシーツを嫌がっています。そんなに長い間動いてたら苦しくなってしまう、今取り替えてやるからな。
ペロの様子を見ながら慎重にテントを開けると素早く掃除してまたテントを閉めます。それにしても連夜の看病はかなりこたえます。
掃除が終わると少しでも多く睡眠をとりたい衝動が抑えきれません。掃除が終わると僕はまた激しい睡魔に引き込まれていきます。
あっという間に深い眠りについた僕は、眠って間もなく再び始まったカシャカシャという音に
「ペロ!いいかげんにしなさい!寝れないでしょ!」
ついつい文句を言ってからハッと目が覚めて「あ、夢だった」ことに気が付いたのです。
なんと看病中なのにペロを「うるさい!」と叱る夢を見たのです。
が、しかしカシャカシャは夢ではなく本当にペロがやってる音でした。時計を見るとさっき掃除をしてから何分も経っていません。
「なんだ?ペロ?またおしっこか?」
明かりをつけるとシーツは汚れてません……
どうしちゃったんだ…ペロ おかしくなっちゃったのか? これまででは考えられない勢いでシーツをくしゃくしゃにしています。
「そんなにしても頻繁にテントは開けられないんだぞ!静かにしないと苦しいよ!」
どうすることもできず、明かりを落として再び横になります。ペロは激しくシーツをひっかき続けます。
しかも甲高い声で「ニャ~!ニャ~!」と鳴くのです。元気な時のペロが寂しがってる時の声です。この明け方の鳴き声はまさに同じ鳴き方なのです。とうとう低酸素が続いて脳に障害でも起きたのか?自分の状況が分からなくなってしまったのか?不安と睡魔でボンヤリとした頭を、それでも今日の仕事のために少しでも休めようと眠ろうとした時です。
ビリビリビリ!!
ペロはテントのビニルをひっかいて破き始めたのです!おいおいおい!それ破ったら死んでしまうぞ!慌てて部屋を明るくすると、
もうすでにテントにかなりなダメージ。穴だらけ……
中では息が切れる様子もなくしつこく開けろと訴えるペロ。
こんなにしちゃって、これじゃ酸素テントの役に立たないじゃないか…
しかたなくテントを開けます。ペロは躊躇なく外に出てきました。そしておでこをグリグリっとぼくに押し付けて……
そして半月程が過ぎました。ペロに穏やかな時間が戻ってきました。
絶望的と思えた重度の貧血からペロは見事に生還したのです。貧血はおそらくエイズウイルスの仕業です。エイズウイルスは赤血球を作るのに重要な骨髄を破壊します。そのせいでエイズに感染した猫は貧血になってしまうことが良くあるのです。ペロはおそらくまだ骨髄が完全にダメにはなっていなかったのでしょう。残り少ない骨髄が注射に反応して赤血球を造ってくれたものと思われます。ペロの体はやはりエイズの影響をかなり受けていたのです。
僕たちは決めました。里親探しは止めです。ペロはうちの子です。
院内を自由にさせてあげることにしたのです。
ペロにおもちゃのボールを買ってあげました。ペロは大はしゃぎでボールをはじいては、飛んで行ったのを追いかけて、またはじいては追いかけ、そんなにはしゃいだら苦しくならないかと心配になるほどのお転婆っぷり。段ボールの箱をあちこちに置いてあげました。
段ボールのトンネルも作ってあげました。箱に入ってかくれんぼ。しろくろを待ち伏せして、わぁ!と手を出したり、トンネルの中に
スライディングだってします!
自由にしてあげたペロはとても無邪気で何でも楽し気に遊ぶ子猫のような猫だったのです。例え短命だとしても、これまで野良として
苦労してきた分を取り返すくらい楽しい日々を送らせてやろうと思うのでした。
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