動物病院通信 その三十五 令和3年10月1日
ざしが少しずつ穏やかになり、季節はゆっくりと涼やかな方へと進んでいくようです。気候が昔とは明らかに変わり、若い人はこれが
当たり前だとおもい、年配者は昔のことなどもう忘れてしまい。夏の昼下がりに夕立が降り、「あぁ、これで人心地つくね,,,」と
ほっとし、そのうちにヒグラシが鳴き始める、そんな夏の夕方をいったいどれくらいの人が覚えているのだろうか。いや、もともと
夕立もヒグラシも、みんなどうでもよかったのかもしれない。
それでも季節が進み、9月になると夜には虫の音が聞こえてくるようになり、彼岸には曼殊沙華が咲き、きんもくせいの香りが
漂います。いい季節です。犬たちも思いっきり走り回れるようになります。
今年は梅雨ころに久しぶりにメダカの池を作り直しました。以前病院の前に置いていた睡蓮鉢は夏の日差しに照らされて水がぬるく
なってしまうためにメダカにとってはあまり良い環境ではありませんでした。で、今度はしっかり暑さ対策をとり、はじめてみたの
です。メダカは水槽で飼うと濾過の設備が必要になり、エアレーションといって水中の酸素をしっかり補給してあげる必要があったり、それでも時がたつと水質が悪化するので定期的に水替えが必要になったりとなかなかに手間がかかります。僕はあまりマメな性格では
なく、この手間がだんだん嫌になってしまうのでそうしたお手入れがほとんど必要のない飼い方でないと続けられません。
手間がかからない飼い方、といっても初めの準備には少々手間がかかります。まず、大きめのトロ船を用意します。
屋外でメダカを飼うとなると、まず一番に問題なのは夏の灼熱の日差しにどう対応するかということです。小さな入れ物にすると昼過ぎには水はお湯になってしまいます。睡蓮鉢程度の容量だと真夏にはたとえ日陰にしてもやはりかなり水はぬるくなってしまいます。
これではメダカがかわいそうです。これが以前に睡蓮鉢を使った時の反省点でしたので、今度は大きな容器にしました。
水量が多いとその分日に当たっても水温の上昇は緩やかになるはずです。夏の日差しの問題はこれで良いとして、次の問題は水替えを
しないで済むようにするにはどうすればよいのか、ということです。これはたいして難しいことではなく、園芸店で赤玉土を買ってきてトロ船の底に敷き詰めます。底だけでなく一部が陸地になるように端の方には容器の高さいっぱいに土を盛ります。敷き詰めたらトロ船いっぱいに水を注ぎます。水を張ったら、その中に水草を植えます。水草と一口に言ってもいろいろな種類があって、なにがいいと決まったルールがあるわけでもないのですが、できれば国内で普通に見ることができる品種がいいでしょうね。熱帯魚店に行けば様々な観賞用の水草が売っていますが、例えば南米産のものなどを買ってきて植えたって冬になれば寒さに耐えきれずに枯れてしまいます。国内に自生しているものなら冬が寒かろうとほったらかしで大丈夫です。さて、水草も植え終わると、これで水替えをしないで良いメダカ池の出来上がりです。簡単です。
でも、ただ水を張ったトロ船にメダカが泳いでいるだけだと少し殺風景で寂しい気もします。なので陸地にした箇所へ植物を植えます。メダカ池に植える植物は水辺に生えるものが良いのです。なにしろ陸地と言っても地面の中は水で浸っているいわば湿地の状態です。
この条件でも生息できる植物でないといけません。こうした湿地性の植物をどこかから採取したり、購入したりするのもいいのですが、良さそうなものに限って植物の採取が禁止されているところに生えてたり、よそ様の田んぼだったりして、なかなかいい塩梅の植物の
採取が難しかったりします。そこで、考えました。川っぺりの道端の端っこには苔が生えていたりするので、それをスコップでガサっとひとすくいして、その土を陸地にぽん、とおいておきます。後はこの環境に適した草が勝手に生えてくることでしょう。
川っぺりの土の中にはきっと湿地性の植物の種なども混じっていることでしょう。
さあ、ここまで済めばひと段落です。これでメダカの池が大まかに出来上がりました。まだ陸地が殺風景ですが、これから夏本番です。そのうちに草が茂ることでしょう。
手順はそれほど難しくないし、専門的な設備もいらないのだから誰にでもできる飼い方ではないでしょうか。それにしても、これで水替えをしないでメダカを飼えるようになるなんて不思議です。別になんの種も仕掛けもないのにこれで手間いらずのメダカライフの始まりだなんて。いや、本当は種も仕掛けもあるのです。この池の中に生まれてくる様々な生き物の力を借りるのです。生き物なんかいないじゃないかって?いますよ。普段は嫌われがちな細菌だったり、雑草だったり、水の中にわいてくる微生物や藻、時にはボウフラまで。これらがメダカの住みやすい環境づくりに貢献してくれるのです。このように聞くと「うわ、汚いじゃない!」と思うことでしょう。ある意味たしかに汚いという表現もはずれてはいません。でもね、とてもクリアーなアクリル製の水槽に水だけを張ってメダカを飼うと、しばらくするうちに水は濁り、なんとなく匂うようになり、本当に汚い水になってしまい、最後は水が汚いためにメダカも死んでしまいます。でも、この池だと水はいつまでもメダカが住み続けることができるきれいな水を保つことができるのです。
きれいな水槽に水とメダカだけを入れて飼うと、水の中では何が起こるでしょう。メダカは毎日餌を食べ、排せつをし、酸素を吸って、二酸化炭素を吐くのです。人と同じです。このままの生活を続けていくと水は排泄物で汚れます。もうすこし詳しく言えば排泄物に含まれるアンモニアが水中に溶け込み、アンモニアの濃度が高くなってしまうのです。それにメダカの呼吸によって水中の酸素濃度は極端に低くなります。もうこうなってはメダカが生きていくことが難しくなります。それにせっかく透明できれいだった水槽の壁面には藻が生えてきて見た目もきれいでなくなってきます。餌の食べ残しも水中で腐敗します。これらがごちゃ混ぜになり水は悪臭を放つようになるのです。だいたいこうなってくると最初に嫌な顔をするのがお母さんです。子供に、あるいは旦那さんい向かって「ちゃんと世話をするっていうから飼ったのに!どうにかしなさいよ!」ということになってきます。お母さんの言う通りです。これではメダカもかわいそうだし、不快です。きれいなメダカ水槽を夢見た結果、悪臭を放つ汚物の水槽を玄関あたりに放置する結果になることが多いのです。
では、今回が作ったメダカ池がなぜ手間をかけずにきれいに保てるのか?
その秘密は「生態系の力」にあります。
一応言っておきますと、「泥とかばい菌とか十分汚いわよ!」というご意見もあることは十分存じております。ボクが言いたいきれいとか、汚いとかというのは…例えて言うなら、魚が住めそうにないヘドロ漂うドブ川には入りたくないですよね、でも生き物が生活する青梅の多摩川だったら水遊びもいいものですよね。泥や細菌がいる=汚いというわけでもないということです。
で、メダカ池でメダカが暮らすと、水の中では何が起こるのでしょう。
メダカは毎日餌を食べ、排せつをし、酸素を吸って、二酸化炭素を吐くのです。人と同じです。ここまでは水槽で飼っている時と全く同じです。
決定的に違うのは水とメダカ以外に土や水草があります。屋外なので日光もあたります。
このことです。
土の中には様々な細菌が繁殖します。土の粒粒の隙間にたくさんの細菌が定着しやすくたくさん繁殖するのです。水槽の中でも細菌は繁殖しますが、つるんとしたアクリル板に囲まれた環境では細菌は繁殖しにくいのです。「ほらぁ、水槽の方がきれいじゃない!」って?
もう少し聞いてください。実はこれらの細菌はメダカの排泄物から出てくるアンモニアを栄養分に生きるのです。細菌がアンモニアを利用し、アンモニアを亜硝酸へ、そしてさらに硝酸塩に分解します。アンモニアは毒性が高いのです。でも分解された結果できる硝酸塩はそれほど強い毒性はありません。そしてこの硝酸塩は水草の肥料になるのです。硝酸塩という肥料のおかげで水草は茂っていきます。植物は動物と違って二酸化炭素を取り込んで酸素を吐き出してくれるのです。水草のおかげで水の中の酸素が欠乏しにくくなります。だからメダカが酸欠状態にならなくなります。
メダカ池の中にも藻が生えます。藻だって肥料が豊富だと良く生えます。藻ってやつは環境が整うとわんさか繁殖し、気が付いたら水の中が藻でいっぱいになってしまいます。これだとメダカがいるのだかいないのだかよくわからない池になってしまいます。なので、たまにこの藻を取り除く作業が必要になってきます。これがまたずぼらなボクには嫌でしかたありません。なので、池の中にはタニシも入れておきます。こうしておくとタニシが藻を食べてくれるので、藻が増えすぎるのを防ぐことができます。タニシの糞だって細菌たちが無毒化してくれるのです。
こうした生き物たちの活動により自然のバランスが保たれた飼育環境をビオトープと呼びます。
バランスの良いビオトープは最低限の手入れだけで、あとは自然の営みに任せるだけで良いのです。メダカが死んでしまうことも当然ありますが、メダカの死骸ですらビオトープの中にあっては細菌や水草たちの栄養源になるのです。さらに理想を言えばこの池の中に適量の植物性プランクトンが繁殖してくれるとプランクトンはメダカのえさとなり、もはや餌を与える必要もなくなってきます。これがビオトープの完成形です。それは自然そのものの姿と言えましょう。実際にはそこまでのビオトープを作るのはなかなか難しいものです。トロ船という小さい空間の中では少しのきっかけでバランスが崩れやすいからです。メダカが増えすぎたり、プランクトンが増えすぎたり、藻が繁殖しすぎたりすると生き物みんなにとって快適な池ではなくなってしますのです。
ビオトープのことを理解すると、結局自然環境とはこうして回っているのだなということが理解できます。昨今サステナブルという言葉が注目されるようになりました。サステナブルとは「持続可能」ということです。ビオトープでいうならサステナブルとは餌を与えたり水替えをしたりしなくてもメダカや水草、タニシたちが勝手にいつまでもいつまでも生き続け、変なにおいがしたりしない清らかな水が保たれるということです。ビオトープに生ごみを捨てたり、たばこの吸い殻をすてたり、食べ終わったコンビニ弁当の容器を捨てたり、きれいだからと水草を根こそぎぬいて持ってていってしまったりすると、先に説明した絶妙なバランスはあっという間に崩れてしまいます。環境バランスを崩すとすぐにメダカやタニシは死に絶え、ヘドロ状の泥の中にボウフラがわんさかわいている不愉快な池になり果てます。そしてそれこそ今人間が自然環境に対して行っていることなのだということを知ってほしいのです。
地球はとても大きな大きなビオトープです。もちろんトロ船ビオトープよりももっともっと複雑にいろいろなものが関係しているけど。トロ船ビオトープはちょっとしたことですぐダメになりますが、地球くらい大きくなるとダメになるのにかなり時間がかかります。でも、もう何十年も前からこのままでは地球の環境はダメになってしまうということが学者の間では心配されていますし、何十年も前から叫ばれていた異変が最近は現実のものになってはっきり現れています。異常気象という形で知識のない方にも「何か変だぞ」とうすうす感じる程度の異変が始まっています。
獣医師をやっていますと調子の悪い犬や猫にたくさん遭遇します。中には手遅れな子もいます。いつからおかしいのかと問うと、もう半年くらい前から少し食べが悪かったけど昨日までは元気だったとか、最近痩せてきたなぁとは感じていたけど2~3日前まで普通に生活していた、という話をよく聞きます。病気はもうずいぶん前から進行していて、知識のある人が見れば早い段階でこれはまずいぞ、とわかるような病気でも一般にはご飯を食べていて、うんちやおしっこが出ていて、散歩もそこそこ歩いていればそこまで深刻だとは思わないことが多いのです。
治療の甲斐なく亡くなってしまったときに、患者様からよく言われることがあります。
「こんなに急にだめになってしまうものなんですか?」
急にではないのです。食べる量が減った、最近痩せてきた、すでにいろいろな兆しは出ていたのです。でも、ぐったりと回復不能になるまで「たいしたことはないだろう」と思い続けた結果こうなってしまうのです。
僕は最近環境破壊とそれに伴う異変に対して人々がなかなかに呑気なのが不安です。
ワンちゃん猫ちゃんの病気同様に、あれ?なんかおかしいな、そう感じた時にはもう破滅へのカウントダウンが止められなくなっていた、そんなことが起きてしまわないか、心配になります。
美しく住みやすい環境もなんとなく存在しているわけではないのだということを、とても奇跡的な絶妙なバランスの上に成り立っているのだということを一人でも多くの人が理解する未来が来ることを願ってやみません。環境問題。簡単ではないけど、意識を持つことが、はじめの一歩。
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